瞑想で魔境に落ちるとはどのようなことでしょうか?
また、魔境に落ちた時の克服法はあるのでしょうか?
詳しく見ていきたいと思います。
瞑想で魔境?
瞑想と魔境についてです。
魔境とは、瞑想の修行者が中途半端に能力を覚醒した時に
陥りやすい精神バランスを崩した状態のことを言います。
特にチベット瞑想などでは、仏様と一体となるような瞑想も多いのですが
何度も繰り返しているうちに自分自身がすごい人間だと思い込んで
しまうことが魔境に落ちるということのようです。
魔境に落ちると日常での振る舞いもすごい人間として振る舞うように
なります。
自分自身が釈迦牟尼の生まれ変わりだとか言い始めたりします。
釈迦牟尼とまではいかなくても歴史上の偉人の生まれ変わりだと
憚りなく言う人には、結構な人数お会いしてきました。
その方が魔境に落ちている状態なのか、精神的に問題を抱えている状態なのかは
見分けがつかないですね。
正しい瞑想を行うなら、自我は、薄くなっていくので、
自我が肥大する魔境は、真逆の状態だとも言えますね。
ただ、この魔境の状態というのは、
瞑想が進んでいく段階で誰にでも起こる事だと聞いたことはあります。
誰にでも起こると言っても修行僧並みに瞑想を続けた人のことで
通常、日常生活を送りながら瞑想を行う分には、
何の心配もいらないと思います。
サイキック能力を求める気持ちが強い場合は、
魔境に入る可能性は否定出来ませんので、
なぜ瞑想をやるのかという正しい動機は必要なのだと思うのです。
瞑想で魔境に陥りやすい人は?
瞑想で魔境に陥りやすい人とはどのような人でしょうか。
瞑想でサイキックな能力を求めたり、神秘体験を求める気持ちが強い場合は
魔境に陥りやすくなります。
映像が見えたり、メッセージが聞こえたりなどを
自分が特別な能力を持っている、特別な存在だからと
思う人は、魔境の入り口に立っていると言えるかと思います。
瞑想中に浮かぶ映像やイメージ、全ては雑念であり、自我が増大している
状態です。
ロンチェンパというチベットの有名な聖者は、
近道だと思って黒魔術の道に安易に入ったら地獄に真っ逆さま
と言ってます。
しばしば魔境に陥る人は、安易にタントリックな密教的瞑想や
黒魔術を行いがちで
それが悟りへの近道だと思ったらなかなか抜け出せない
魔境の状態に陥ってしまうという戒めの言葉です。
高度な瞑想であればあるほど、感情の浄化をひたすら行うことが求められます。
本来、瞑想とは、行うことによって感情が浄化されていくものなので
自我が増大していくのは、間違ったやり方だと言えます。
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瞑想で魔境を克服するには?
瞑想で魔境を克服する方法についてです。
瞑想で魔境に陥らないためには、
功徳を積むことが重要だと言われます。
何か特別なことをするということではなく、
優しい言葉を使い、優しい気持ちで周囲の人々に接する
思いやりの気持ちで日々暮らすことが重要です。
仏教の六波羅蜜には
布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧
とあります。
六波羅蜜とは、悟りに至るための六つの修行法のことです。
真心からのお布施を行い戒律を守り
ひたすら耐え忍び、精進し続けて深い瞑想状態に入ることが出来ると
悟りが得られると言うものです。
布施は、見返りを求めずに施しを行うことです。
単にお金や物品を施すということではなく真心を込めて人と語らったり
善い行いをしたりなどです。
持戒は、自分勝手に生きるのではなく調和をとりながら
ルールを守って生きていくということです。
忍辱は、苦しいことや悲しいことがあっても頑張って生きていくことです。
精進は、よい結果になろうとも悪い結果が起ころうとも
淡々と最善を尽くして努力していくことです。
禅定は、動揺することなく集中した静寂な心の状態のことです。
深い瞑想状態を体現できた心の状態です。
智慧は、煩悩がなくなり悟りを得た心の状態です。
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瞑想で魔境に落ちる?克服するには?まとめ
瞑想で魔境に落ちる?克服するには?まとめです。
瞑想で魔境に落ちるというのは、自我が肥大した状態です。
魔境を克服するためには、優しい気持ちで日々生活し
感情の浄化を行うことが重要です。
自分自身の瞑想が順調に進んでいるかどうかは、
現実生活がとてもうまくいっているかどうかで判断が出来ます。
瞑想とは、瞑想の時間をとって、その時間だけ行うものではなく
日常生活そのものが瞑想そのものになることが理想です。
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